当翠山工房は明治初年に機屋(はたや)を業いとするようになった田村久平から、現在の私、田村憲一まで五代継続の歴史があります。それは透綾縞という夏の織物から始まり、意匠白生地、紋織、友禅染、辻ヶ花染と数多くの商品開発(ものづくり)の歴史であり、幾多のヒット商品を生んできた機屋(メーカー)です。
「頂点を極める」という崇高な目標を掲げ、ものづくりに際しては常に自分たちはその時々の最高の技術を発揮するべく心がけています。
手作業の仕事がほとんどで、手のぬくもりを大切に職人一人一人がよりよい商品に仕上げたいという気持ちを込めてものづくりをしています。
